102人が本棚に入れています
本棚に追加
「椿、そんな顔をしないでくれよ」
つい縋りつくような声が出てしまう。
いや、声だけではない。
気が付くと、俺は椿のひんやりとした手を両手でぎゅっと包み込んでいた。
「心配しないで、怒ってなんていないわ。
ただ、驚いてしまっただけよ」
「すまない」
「どうしてあなたが謝るの?」
「朔也とは会社でたまに顔を合わすのに、全く気が付かなかった…。
いや、あいつが事情のある相手に気があるというようなことは前にちらっと言っていたんだ。あの時、もっと詳しく話を聞くべきだった」
「聞いても朔也は話さないわよ。
あの子、私たちのこと……信用していないもの」
「……そうだな」
強引に湊ちゃんから引き離した日のことを、俺はずっと後悔していた。
朔也を海外にやってからというもの、父親らしいことは何もしてやれていない。そう感じていた。
きっと椿も同じ気持ちなんだろう。
椿はふわふわと定まらない視線でぽつりとつぶやいた。
「駄目ね、母親失格よ」
「俺も、同罪だよ」
「私の中で、朔也は十二歳で止まってしまったままだわ。
もう三十も過ぎたというのに、思春期の男の子を相手にしているような感覚になるのよ。
嫌になっちゃう」
椿は眉を下げて寂しそうに笑った。
自分自身への情けなさや後悔、そして過去への懺悔。
悲しみに満ちた感情で、椿の瞳がどんどん滲んで大きく膨らんでいく。
「椿…」
俺は椿を抱き寄せた。
最初のコメントを投稿しよう!