第1章:プロローグ

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「吹いてみてもよろしいでしょうか?」  読み込んでいた楽譜から顔をあげたセシリアに、ホワイトクリフ卿はうなづいた。 「どなたか竪琴をお願いできませんか」 「私でよろしければ」  スノーレンジャーの紅一点たる魔術師メアリが立ち上がり、セシリアの傍らに移り楽譜を覗き込んだ。諜報を担当する盗賊出身のアンソニーが、おどけた仕草で口笛を吹いた。 「手に負えるでありますか?」  美貌の魔術師は額にかかる金髪をかきあげ、小柄な茶髪の若者をじろりと睨んだ。 「音楽の素養なしで魔術師が勤まるとでも? それなくして古の言葉と韻律を使いこなせるはずがありませんわ。まあ鍵穴専門のあなたには想像の外でしょうけど。それに……」 「なんだ?」  五人のリーダーを勤める赤毛の戦士アーサーが声をかけた。 「どうやらこの楽譜を書いた人物にも魔術の素養はあったみたいですわね。主旋律のパートの音の使い方に呪文体系と似たところがありますわ」 「おいおい、大丈夫だろうな。魔法はこりごりだ!」  メンバー随一の剣士リチャードが長身をかがめ、耳を押さえながら顔をしかめた。ちょうど一年前、ワーウルフに噛まれた彼は獣化の魔力をからくも解いてはもらえたものの、長い間狼の耳や尻尾が生える後遺症に悩まされ、ようやく症状が治まったばかりだったのだ。 「安心なさいな。これは感覚に働きかけて、数人で重奏しているように聞かせるもののようですから。おかげで吹くのがとっても難しい曲になっていますけど」 「なぜわざわざそんなことを? 初めから必要な人数を揃えりゃすむことだろ?」  がっしりした巨躯に剛力を秘めた黒髪の闘士エリックが首を傾げたが、メアリも確たる答えを持たず、ただ肩をすくめるばかりだった。 「セシリア、吹けそうか?」  心配そうに問う父親に、はにかみつつも娘はうなづき、傍らの女魔術師に頭を下げた。 「お願いします」  微笑みを返したメアリはセシリアの隣の席に着き、侍従の手から竪琴を受け取ると馴れた手つきで調弦を済ませた。  侍女が簡素な木製の縦笛を差し出した。母の形見のその笛を、いまだ脚に力が戻らぬ車椅子の少女はそっと唇にあてた。
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