第1章:プロローグ

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 やがて旋律が再び転調を重ねながら、音階をゆっくり上り始めた。先ほどの暗転とは逆に時間をかけた、這い上がるような動きだった。それとともに先ほどよりさらに細やかな装飾が加わり、再びかき鳴らされた竪琴の音と相まって音楽に新たな様相をもたらした。二つの同じ旋律による全き調和ではなく、息の長い元の旋律を、新たな息の短い音の動きが取り巻くような印象のものに転じていた。  それらの短い音の動きは空白を完全に埋めるには至らず、失われた雰囲気を回復することはできなかった。虚無の影も薄らいだものの、脅かすようにつきまとっていた。にもかかわらず、元の旋律はそれらの音の動きの中、再び元の形で舞い始めた。ときに調和を欠き、ときに支えとなる音を失う瞬間にみまわれつつも、自立的な動きを示し続けた。最初より不完全で不安定な、綱渡りのようでさえあるその様相は、それゆえ聴く者すべてに不思議な感銘をもたらさずにおかなかった。  それはなにかひどく得難い、ありえない形でからくも保たれたかりそめの調和であり、旋律自体の上昇の動きと蠢く短い音たちとの出会いのどちらが欠けても成立しえないものだと、その場の誰もが悟っていた。そしてそのことが絶望を乗り越えようとするけなげな意思と、何らかの出会いに由来する奇跡とさえ呼ぶべきものを避け難く連想させた。誰もがそれを心からいとおしまずにいられなかった。  ついに人々の思いに呼応するかのように、虚無の影が背後に退き、新たな響きが浮かび上がり曲を締めくくるに至った。それは曲の推移を見つめてきた一同にとって、感謝に満ちた慰藉の響きと受け止められたのだった。
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