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「お父さんは? なぜ、お父さんがまだ来てないの?」
「君のお父さんは、佐伯正志さんは……」
男は歯切れ悪く口ごもってしまうと、そもまま沈黙した。
「……お父さんに何かあったんですか?」
私は息の飲むようにやっと声を出した。
「君の……お父さんは。あの火事の室内で発見されました」
理解できない。脳が拒絶している。突然、目の前が赤黒い世界に染まった。その暗い帳の向こうで、背を向けて立つ父が居る。
私は多分、最悪の夢の中にいるだけだ。絶望というものがある。こんなにも、真っ暗だなんて知らなかった。あまりにも酷い現実が押し寄せ、災難だなんて言葉に納めきれない不幸を震えながら実感する。
お父さんは背中を向けたまま、去って行く。小さくなって消えて行く。
それを、呼び止めることさえ出来ない。声が、出なくなっていた。
「美貴さん!」
男の人の声が鼓膜にやっと届いたけれど、私は闇に同化していく自分の姿を感じていた。
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