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第5章 深淵を覗くとき
ざわざわと背後に広がる森が風の煽られて、一斉に歌っているみたいだ。
廃墟の方から良からぬ波動が飛んでくる感覚もあるけど、急速に近付く心の距離の方が優先度が高くなっている。予定にはない展開だ。
長い沈黙が心地良さに変わる頃、私はそっと口を開いた。
「お前も随分な苦労人だったんだな。今日まで全く知らなかったよ、ほんと」
私は陵平の髪をクシャクシャに撫でた。長めの前髪越しに陵平の視線を感じる。野良犬に懐かれるってこういう感じなのかもしれない。学校で会う陵平はいつだって陽気で人懐っこい。でも、時々底知れない孤独のような目をしていたのは気のせいではなかったんだ。
「類は友を呼ぶっていうのは本当なんだな」
私は皮肉をこめてつぶやいた。
「お前は大丈夫なのか?」
陵平の問いは優しかった。
急に嬉しくなって、その広くて大きな男の肩を抱いた。自分の体が女であることを知るように、私は大きさの違う体温にぴったりと寄り添った。長い腕に巻き付かれながら両目を閉じる。
何年もの間、本当はこうして誰かに抱きしめて欲しかったことに漸く素直になれた気がする。
ふと居るはずのない父親の面影が脳裏を掠めていく。私はすぐにそれをかき消した。
今、この腕の主は大切な親友なのだ。勘違いしてはいけない。
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