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 少しだけ聞いた話によると、大手レストランチェーンを経営する会社の次男坊で、大学卒業後はその会社で働いていたらしい。けれどある日、自分は大きなチェーン店を経営するより、小規模な店で直接お客さんの顔を見て働く方が合っているということに気づいたのだとか。  それで用意されていた安泰な道をあっさり外れてしまったというのが凄い。  実家は長男が継ぐから大丈夫と笑う月哉に驚きつつも、月哉らしいと納得したことを覚えている。  月哉はその中世的な容貌からは想像できないほど、物事を男らしく即決する傾向があった。恐らく会社を辞めることも、自分でカフェを始めることも、それほど悩まず決めたに違いない。 「台風前に食べておかなきゃって、そんなシフォンケーキ中毒みたいな人いるかなぁ……」  月哉が丁寧に並べているのは、抹茶シフォンとオレンジシフォンだ。ケースの中にはすでにチョコレートシフォンやチーズシフォンも入っている。味はいろいろあるけれど、並んでいるのは全てシフォンケーキだった。  カフェ雪月花のもう一つの特徴は、提供するスイーツはシフォンケーキのみ、ということだった。「取り扱うものが少なければ、それだけコストが抑えられるでしょ」というのが月哉の言う表向きの理由だ。しかしこの店のパティシエによると、実際は月哉の好物だからという理由が大きいらしい。 「でも雪≪せつ≫の作るケーキは世界一美味しいだろう?」  藤堂雪≪とうどうせつ≫というのが、そのパティシエの名だ。     
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