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とある住宅街の一角に、結婚して間もない若い夫婦が引っ越してきた。彼らはその結婚を期に、思い切って新居を構えたのだった。
まだ子宝は授かってはいないものの、夫は仕事に励み、妻は家庭を支えることに努めていた。
さて、そんな一家の隣には、仲睦まじい老夫婦が住んでいた。
夫の方は定年まで勤め上げ、今では二人して穏やかな老後を過ごしているそうだ。よく手入れされた美しい庭に満ち足りた笑い声がいつも響き渡っていた。
まるで結ばれたばかりの恋人のようでさえあり、二人は近所でも理想の老夫婦として有名だった。
「将来はあんなおじいちゃんとおばあちゃんになりたいわね」
若い妻はよくそう話していた。
夫も同じ気持ちだった。
そんなある日、若い夫婦が夕食に招かれた。隣に住む老夫婦にである。
子育ての話、長い結婚生活での苦難など、それはそれは為になる話を聞くことができ、食事を終える頃には、彼らはすっかり打ち解け合っていた。
そして食後のお茶が出される頃になって、若い妻は常々知りたいと思っていた夫婦円満の秘訣について、この老夫婦にたずねた。
「結婚していることは忘れて、いつまでも恋人気分でいることさ」
老夫は自信満々に言った。
老婦人も笑顔で頷いていた。
若い夫婦はなるほどと思った。ソファの上で手を握り合う老夫婦は、まさしくそれを体現しているように見えたからだ。
しかし、と若い妻は思った。
「いつまでもそれができたら良いのですが」
「何か不安なのかい」
「今はとても幸せです。夫にも家庭にも何も不満はありません」
「だから逆に不安なのだね。いつか夫の気持ちが変わってしまうかもと」
若い妻は美しかった。
だからこそ時間の流れの残酷さを想像して不安になるのも無理はないと夫は思った。
夫自身も同じ不安を感じていたのだ。
だからこそ、若い夫は妻に代わってこうたずねた。
「それでは。いつまでも恋人気分でいるために何か秘訣があるのでしょうか」
「それは簡単なことだ」
老夫は分厚い手で老婦人の肩を抱き寄せ、自信たっぷりに答えた。
「結婚生活に嫌気がさしたら、役所に行って離婚届を出すことさ。私たちのようにね」
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