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少女の父は語り始めた。
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その年のクリスマスの東京は、例年より酷い寒さだった。
都下の人々は寒々し、住所のないホームレス達は暖をとろうと必死で生活していた。
昼間でもその調子なら、夜は言うに及ばない。
雪は降らなかったが、店の軒先ではつらら、道端にはうっすら霜柱が立っている。
日雇い労働者である富良野は、この辺りで有名な資産家の家の裏手にある駐車場に車を止めた。
車内で暖房をつけたままじっとしていた。
後少しで9時になる。
9時になって、塀を登る。
事前に開けておいた裏の勝手口から侵入。
老夫婦の片割れを、ポシェットに突っ込んだナイフで脅す。
生活サイクルを入念に確認し、計画を今夜にした。
「綾(あや)、もうちょっとで楽になるからな」
バックミラーごしに富良野は話す。
身重の妻の綾は後部座席で寝ころんでいた。
「お願い、和真(カズマ)さんやめて」
「綾、来週の月曜の家賃が払えればアパートにも残れる。俺達の家に戻れるんだ」
家賃を三ヶ月滞納した。
来週の月曜までに家賃が振り込まれなければ、強制退去。富良野はない袖を振ろうにも小銭にすら見つからない。
職に就こうにも、バブルがはじけた。
どこも人手は足りていて、条件に合致しても身重の綾を一人にしておけない。
仕方なしに富良野は日雇いを続けていた。
その日雇いの仕事も怪我をし、家賃の支払いが滞ってしまった。
せっぱつまった富良野は資産家の家に強盗に入ろうとしていた。
富良野は綾を気遣う。
「仕方がないんだ……これしか方法がないんだ」
「お願いやめて」
綾は大きくなった腹をさする。
「もう決めたんだ」
しかし、富良野は綾の言う通り、本当は金品を強奪はしなくなかった。
綾が急に苦しみだし、それどころではなくなったからだった。
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