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阪井が全力でブレーキを踏んだ同時刻、ホームレスはとぼとぼと我が家に帰るため、路地を歩いていた。キーとブレーキ音が聞こえ、音のする方へ向かう。
「あぶねえ!!」
目の前に現れた人間を避けるため、阪井はブレーキをかけハンドルを切る。
キーンとタイヤの擦る音が聞こえる。
路地を走っていた関係上、スピードは出ていなかったので大惨事になる事はなかった。
幸運にも、阪井が突っ込んだ先は空き地だったので正面からぶつかりもしなかった。
その代わり、後部タイヤが路肩にはまってしまう。
「あんたら、大丈夫か?」
「な、なんとか」富良野が綾を支えていたおかげで後部の二人は大事に至らなかった。
「おい、そこの姉ちゃん!ちょっとこっちこい!!」
おぼつかない足取りで、女性は駆け寄ってくる。
ブランド物のバッグを手に、服装も装飾品も全体的に高価だった。
整った服装に反して顔は化粧気がなく微塵も生気を感じられない。
女は阪井に深々と頭を下げ、謝った。
「ごめんなさい」
「別にそれはどうだっていいんだ、姉ちゃん、頼みがある。車、見て見ろよ」
草も生えていない空き地の路肩の排水溝に、後輪の右部がはまりこんでいる。
後部座席を見ると苦しんでいる妊婦と配偶者らしき男性がいた。
「つまりだ、あんたが出てきて車は立ち往生だ。何かの縁だ、手伝ってもらえねえか」
「……わかりました。その前に……」女は阪井に言う。「母体の状況を診察したいんですが」
「あんた、看護婦なのかい!?」
「医者です」女医ははっきりとした口調で語った。
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