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 彼がそれを口にすれば、誰かが死ぬことになる――。  王妃ジニの耳に、誰かが囁いた。  しかし、そんな言葉を吐いた者が彼女の周りにいるはずはなかった。蓆の敷かれた壇上には、祝祭の終わるまで、彼女と夫以外に誰も立ち入ることはないからだ。唯一、御座(みざ)のすぐそばまで寄ることを許された高僧ミッシカも、今は群衆と同じく地面の上に立っている。  そして夫、すなわち不死王ナーダとの間も、天蓋から吊り下げられた紗布に隔てられている。うっすらと透いて見える横顔は、まっすぐに前を向いているようだ。妻を顧みて何かを告げたような気配はない。  王妃ジニは夫に従い、前方へ目を向けた。高原の広場に、寄り集まった民たち。太鼓を足に挟んだままの楽士に、幼子を連れた女、野花の束を握り締めた童女。誰もが息を詰めて、御座の前に仁王立ちした男へ視線を注いでいる。 「王妃さまに、お尋ねしたい」  黒い髭を口の周りに蓄えた中年男が、もう一度言った。 「キギンさま。めでたい宴の席でございます。お控えなさいませ」  高僧ミッシカは御座をかばうように、男の前に立ちはだかっている。ジニからは、その背中しか見えない。     
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