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「青春時代でしたっけ?」
「そうそう、そんな歌で――えっ!?」
「いやぁ、懐かしいですね」
お湯が溢れて、床に流れ落ちる音と共に、俺は上体を起こした。
「いやぁ、すみません。懐かしい曲が訊こえてきたんで」
窓には、父親と同じくらいの男性――五〇歳を少し超えたくらい――の顔が見えた。
「うわっ!?」
「あ、度々すみません……大丈夫、見てませんよ。立派な胸筋くらいしか」
(バッチリ見てるじゃん、それ……)
いくら人に見られないからって、変な格好をして風呂に入るのはやめようと、心に誓った。
「しかし、懐かしい曲を知ってますね。まだ若いのに」
「あー……父親が歌ってたんで、覚えてしまって……」
「お父さんが、なるほど……いいですね、息子って」
「父親は娘が欲しいもんじゃないんですか?」
「いえね、娘はいるんですよ。今年で高校生になって……可愛いんですよ」
「へえ~」
「おっと、こんなところで長話もあれなので、また……」
「あ、はい……」
男性は軽く頭を下げて、右に向きを変えて歩いて行く。
(帆香さんのお父さんかな?)
もう一度肩まで湯船に浸かり、鼻歌を歌おうとした、その時だった。
「あれ? でも、帆香さんは一人っ子だって言ってなかったか?」
ふと、彼女の言葉を思い出す。
あの男性は、娘が高校生になったと言っていたし、帆香さんは妹が欲しかったと言っていた。
「え? じゃあ、あの人は……」
そこまで考えて、俺は勢いよく立ち上がる。
湯が大きく揺れて、床に零れていく。そんなことを気にせず、俺は窓に張りついた。
「そうだよな……」
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