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さっきまで、俺は父親くらいの男性と話をしていた。顔も見た。青春時代の曲も知っていた、娘がいるとも言っていた。
今年で高校生になって――。
大学生を間違っただけだと思いたい。
(でも、どこの親が自分の娘の学年を間違える? それも可愛いって溺愛してるのに……)
確かに、男性は【右】に向かって歩いて行った。
右には帆香さんがいる部屋、二〇二号室がある。
帆香さんのお父さんに違いない、そう思いたい――。
(でも、このアパートって……)
玄関から入って、向かい側に風呂場がある構造になっている。
だから、この窓から見えるのは――。
「向かい側の建物しかないんだよな……」
窓を開けていたのは、【誰もここを通らない】とわかっていたからだ。さすがの俺も、向かいの建物の窓があればすりガラスを開放したりしない。恥ずかしさは多少なりともある。
向かい側から見えるのは、【壁しかない】ことを知っているからだ。
「ま、まさかな……」
そう呟いて湯船の栓を抜いた。大きな音が風呂場に響き、水が流れていく。
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