朦朧とする意識の最中に

2/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 “カタン・ガシャン……シャン”  男性が強く握っていた筈の長剣は重力に従い地に落ち、弾みながらもなす術なく静止した。  その剣身に反射し映る顔を男性は見ていた。埃をかぶり、泥に汚れた顔を。 「は、ははは……さっすがにまじぃ……よな」  額から流れる赤い血が、左目を赤く塗り潰し、痛みで閉じそうになる。だがそれだけは必死に我慢した。我慢し続けなければならない理由があった。  広く荒れ果て隆起した荒野を覆い尽くす巨大な影。天を遮るそれは雲でも空に浮かぶ島でもない。それを、風に似て非なる生臭く生暖かい息吹で証明していた。  “ボタボタ”と粘りのある唾液を糸引きながら垂らし、地べたに汚らしい水溜りを作るそれは、尖り、疎らに生えた牙の隙間から縫って出るものだ。  口を開き、腹の底から唸り捻り出すおぞましくおどろおどろしい咆哮。足のつま先から頭のてっぺんまでを震え、痺れさせてゆく。  少しでも、気を抜けば畏怖すべき存在に全てを飲み込まれそうになる。  それを下唇を噛み締め、口の端から血を垂らし正常を保つ。 「アイツの為に──」 「グ……グァ……グゥルゥウァァァア!!」  男性の決意すら飲み込む狂気の声。 荒々しく、感情で言うならば怒りしか入っていないような雄叫び。  その声は、長い間、人と言う……いや、他の生き物にとっての“終焉”を意味していた。  怪しく光り、穿つ眼光に感じるものは殺意のみ。  既に、膝は笑っていた。  既に、握力は尽きていた。  既に、死を意識していた。  既に、既に、既に。  ──それでも!! 「俺は、絶対に、なんとしてもッ!!」  地に落ちた長剣を再び手に取り、震える膝を叩き活を入れ構えた。  上がる息は、恐怖によるものか、アドレナリンの過剰分泌によるものか。それでも朦朧とする意識の中で、掠れた瞳で、巨体を写す。 「俺はッ!!」  幾つも転ばる死体を掻き分け、男性は走り出した。  死を運ぶ鳴き声の中へと──。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!