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私たち結婚しました
残暑の西日射す夕暮れ、恵子は一人、黙々と文机に向かって、一枚一枚丁寧に葉書にメッセージを書き連ねていた。流れるような、その筆遣いは、しなやかに払い、そして力強く留まりして、まるで紙の上を泳ぐ金魚のようである。
「ただいま。何を書いているんだい?」
小さな家の玄関からは、まっすぐに窓に向かう机が丸見えだ。隆は、恵子の小さな背中に声をかける。
「あら、隆さん、おかえりなさい。」
「相変わらず、君は達筆だね。」
「そりゃあ、そうよ。こう見えて、書道は有段者なんだから。」
恵子は、小さな体でえっへんと胸を張った。
「今ね、私、友人達に葉書を書いていたの。残暑見舞いには、もう遅いから。引っ越しの挨拶と一緒に、私たち、結婚しましたって。結婚報告。」
「そうなんだ。言ってくれれば、俺がパソコンで書いて印刷したのに。」
「ダメよ。こういうのはね、手書きのほうが、心がこもってていいでしょ?それにね、友人はそれぞれ違う個性を持っているのよ。かける言葉はみな同じではないわ。」
「君らしいね。」
「ありがとう。これもう一枚書いたら、すぐ夕飯にしますね。もうできてますから。」
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