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恵子は女手一つで、隆行を立派に育て上げた。隆行がお腹に宿った時には、まだ恵子は隆と結婚式はしておらず、式を一か月後に控えていた時の悲劇であった。恵子は隆行のみならず、隆の母親の面倒まで見ており、晩年の母親は体がすっかりと弱って、痴呆も始まり、子育てと介護に追われる日々であった。その母も亡くなり、隆行も就職が決まりその後結婚、恵子自身の人生がこれからという矢先であった。恵子自身が若年性アルツハイマーを患ったのだ。恵子は、ある日、隆行のことを隆さんと呼び始めたのだ。
「母さんは、きっと糸が切れっちゃったんだな。目まぐるしく生きることに必死すぎて。」
隆行も最初こそは、自分が隆行であり、隆ではないことを自分の母親である恵子に説明し続けたが、恵子は信じてはくれなかった。これは、母の望みだったのではないか。隆行はそう思った。
甘い新婚の時期もなく、忙しく育児と生活に追われた母は、きっとこんな蜜月を夢に描いていたのであろう。隆行は、自分が恩返しもできなかったことを嘆いていた。せっかくこれから母さんに楽をしてもらって幸せになってほしかったのに。しかも、残酷なことに、恵子は癌も患っており、医師より余命一年と告げられた。
そこで隆行は決心した。
「美奈子、俺と一年間別居してくれ。」
隆行は美奈子に告げた。美奈子は驚いて、理由をたずねた。
「母さんは、今、俺を死んだ父さんだと信じて止まない。母さんの癌はもう末期で、たぶん助からない。だから、俺は母さんの命が尽きるまで隆で居ようと思うんだ。それが、今、俺にできる精一杯の恩返しだと思うから。」
隆行は、離婚覚悟で美奈子にそう告げたが、意外にも美奈子はそれに賛同した。
「お義母さんが、幸せになれるのなら。」
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