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その日から、隆行は隆に成り切った。親戚から生前の父のしぐさや癖、嗜好などを聞きながら、隆を演じてきたのだ。
「母さん最後まで俺を隆さんって呼んで信じてたから、なんだか騙しているような罪悪感は常にあったな。」
「でも、お義母さん、幸せそうな顔で亡くなったわ。きっと幸せだったと思うわ。」
「俺は、こんなことで恩返しができたのだろうか。」
隆行は、墓の前で手を合わせようと、ポケットの数珠を探った時であった。
「葉書、一枚、入れ忘れたな。」
納棺の時に、入れた「私たち結婚しました」という結婚報告の葉書だった。
どこにも届けられることのなかった母の言葉たち。
宛名を見て、隆行の手は震え始めた。
「工藤 隆行様」
それは、隆行の名前、その物だった。
自分の存在は、母から消えていたはずだと思っていた。
隆行、今まあでありがとう。
あなたのやさしさは、本当にお父さん譲りですね。
そんなあなたを、私は誇りに思います。
お母さんはあなたが産まれた時から、いつだって、幸せでした。
「母さん・・・母さんっ!」
隆行は、我慢していた感情が堰を切ったようにあふれ出し、膝から崩れ落ちた。
「忘れられていたんじゃなかったんだ・・・。」
隆行は子供のように号泣した。
「忘れるわけないじゃない。自分がお腹を痛めて産んだ子供だもの。」
美奈子が隆行の背中を優しく撫でる。
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