六、真実、それぞれの愛の終わり方

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山波は手を振って帰って行った。 緑山は泣きたい訳ではないのに、涙が溢れ出てとても困った。 それからの2時間は、21年間生きてきた中で、一番長く感じる2時間だった。 9時を待ち、走って外に出ると夜の景色の中から山波の姿を探した。 山波は少し離れた街灯の下で待っていた。 お互いがお互いの姿を見つけるまで、今日のあの一瞬は夢だったのかと思った。 だから、姿を見つけたとき、その指先の輪郭、顔の色、髪の一本一本までもがはっきりと背景から浮き出たように感じられた。 「お腹空いた。早く帰ろう。」 山波が右手を差し出した。 「ごはん、待っていてくれたの?」 「二人で食べたほうがうまい。」 緑山は迷わずその手を握った。 子供のころからずっとほしいと思っていたものが、その手の中にあった。 暖かさが懐かしくて、嬉しくなって笑ってしまった。 山波もその笑顔が嬉しくて笑っていた。 如月は大学へ戻ると、恐ろしく忙しくて山波がいないとこんなに大変なんだと改めて知った。 後遺症でたまに頭が割れそうに痛む時があるが、絶対にいつかは山波が帰って来てくれる。 山波が帰ってくるまでの辛抱だと振り切るように仕事をして、今日も帰宅は9時を過ぎていた。 「今日、規夫さんから帰らないからと電話がありました。」 帰宅した如月を出迎えた汐田が荷物を受け取りながらそう言った。 「そうか。幸せの青い鳥を捕まえたかな。」 「それと警察の方から電話があって、山内先生の病院が摘発されたと言っていました。」 「そうか。山波が運命を変えてくれたおかげだな。」 久しぶりに如月は上機嫌になった。 「それでも、山内先生だけは捕まえることができなかったそうです。」 如月は汐田に背を向けたまま、チッと舌打ちをした。 その舌打ちは台所にいた鈴木にも聞こえた。
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