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「あまりにもお帰りが遅いのでお迎えにきました。」
看護士が如月の体を支えようとすると、その手を振り払うように二人の医師が脇を抱え車椅子に乗せた。
「君はもういいから。」
山内和人は看護士を押しのけて歩き始めた。
看護士は如月の乗った車椅子の前に回り、如月の手から写真をとった。
「僕、写真立てに入れて、持っていきますから。」
看護士は病棟のどこかへ走って消えた。
山内和人は看護士を目で追いながらも、如月の車椅子の横を歩いた。
「写真・・・ですか・・・」
「ああ。」
「なんだか楽しそうにお話ししていましたね。」
「・・・」
「僕には何も話してくれないのに。あの時もそうだ。
運ばれてきた時は苦しみながら僕の手を強く握り締めていたのに。
具合いがよくなったら知らん顔。」
「何のことだろう。」
「あなたは、僕のことなんて覚えてもいなかったんですよね。
あずみ君のことがあるまでは。」
「ああ、忘れていた。思い出したくもなかった。
けれど、名前を見てはっきりと思い出したよ。
私はおまえのことが大嫌いだったということ。」
山内和人は車椅子を押していた医師を押しのけて自分が梶をとった。そして耳元で囁いた。
「僕はあなたが大好きだ。そのイラっとしてやつあたりするところも含めて。
あなたが僕を大嫌いでもまったくかまわない。
あなたは僕のそばを離れることはもうできない。
これからは、昔みたいに毎日苦しみながら僕の手を握ることになる。
僕しか知らない、いつも冷酷なあなたが震えながら甘えるあの姿。
あなたは毎晩そんな姿を僕に見せてくれるんですね。楽しみだなぁ…」
山内和人は笑っていた。
子供が欲しかったおもちゃをついに手に入れた時のように、嬉しくてたまらない感情が周囲にもあからさまにわかった。
如月は脳も心も遮断していた。
前を行く医師の白衣の裾がふわふわと、ゆるくカーブを描くのを見て、頭の中でそこに無数の線を引き図形を浮かべる。
それを幾度となく繰り返した。
子供のころから、つまらないと自然にそうして頭の中で遊ぶようになっていた。
だから、山内和人がくだらない事を言っても如月には何も気に止めていなかった。
それは病室についてベッドに寝かされ、脈拍計をつけられるまで続いた。
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