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つぎの日曜日、緑山の家に女が訪れた。どうやらその女が婚約の相手らしい。
白いワンピースで清純そうに見せてはいるが、雑な歩き方やささくれ立った髪で、何もできない遊び人の女である事を想像させた。
いずれにしろ、なんの興味もわきはしないが、両親がドライブでもしてこいと、促されるままに車に乗った。
「すいません。窓を閉めてもらえませんか?」
女はそう言ったが、緑山は女の香水でのむせ返るような匂いがたまらず、窓を全開にしていた。
「ああ、わかりました。」
窓を閉めるとまた、匂い立ち、吐きそうになってまた窓を開けて外の空気を吸った。
好きでもない女の香水をかがされるくらいなら、排気ガスを吸っているほうがよっぽどましだと思った。
「どこへ連れて行ってくださるの?」
まだ走り出して10分も立っていないのに、物憂げに視線を送り少しすり寄って話す女に、もう飽き飽きしていた。
話すたび自分に体を向け、ミニスカートから覗く足を強調するような仕草にも飽き飽きした。
退屈を紛らわすように、何度も窓の上げ下げを繰り返し、交差点では、いつもは見ない街の並びを見た。
赤信号で止まり、ふと見た本屋から、山波が出てくるのを見たような気がした。
思わず車を置いてその幻影を走って追いかけた。
そして町中を探した。
この街のどこかで、自分を遠くから見守ってひっそり生きている。
そう思えて、会いたくて、町中を走った。
そして主を失った車は、信号が変わっても、そこから動くことはなかった。
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