六、真実、それぞれの愛の終わり方

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婚約パーティーはホテルのレストランで行なわれた。 身内だけで質素にという話だったが、両家と招待客で40~50人はいた。 女は着飾って、ニコニコと招待した客の中心にいた。 雅もあずみも、緑山に仕立ててもらった高級なスーツでおとなしく参加していたが、自分達にその不釣り合いなスーツが似合わないことは十分わかっていた。 緑山は、高砂席でペットボトルの水とにらめっこをしていた。 「水が沸騰しそうだな。そんな怖い顔で見つめて。」 「あ、教授。来てくれたのですね。」 如月は空いていた花嫁の椅子に座って話を続けた。 「君の死刑執行を楽しみにして来たんだがね、 忌の際に、面白い話を聴かせてあげようと思ってね。」 「相変わらず、趣味が悪い。」 「そうかな・・・。 君が幼い時、ウチへ遊びに来た時、よく、パンダの絵がついたスカーフをしていただろう。」 「ええ、僕はぜんそくで喉を冷やさないようにと外出の時はいつも身につけていました。 でもあれは・・・」 「あれは風に飛ばされて、林の中へ消えた。 当然、もう見つかりっこないと思っていたものをずっと探し続けた男がいた。 山波だ。 綺麗にあらって、アイロンをかけて、翌日、君に返そうとしたが、返せなかった。君が新しいものをしていたからだ。 もうそんなもの捨ててしまったと思っていた。だけど山波はまだ持っているよ 。大切に、ノートの間に挟んで。」 「どうして・・・」 「多分、何度も捨てようとしただろう。私も何度も捨てるように言った。 もう誰も必要としていないのだから、と。 でも、君があの日とても泣いていたからね、そのことを考えたら捨てられなかったんだろう。 あの日の君を笑顔してあげたい、そして、今日も君の笑顔を見ていたい。 ただそれだけだ。ただそれだけが山波の望みだ。 だから山波は、君の笑顔を独り占めしていられた短すぎた時が、どんなにか幸せだっただろう。 そして彼は、その幸せだった思い出だけを食べて生きていく獏になりましたとさ。」 「教授、獏が食べるのは思い出じゃなくて、夢ですよ。」
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