六、真実、それぞれの愛の終わり方

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「そうだったか? 夢や希望だけでは食ってはいけないが、そんなものもない生活になんの魅力があるんだ。 あの日の君達は、生きていることそのものが喜びだった。 今、高級なスーツを着てそこに座っているより、よれよれの白衣を着て山波の隣に座っているおまえのほうが、魅力的に感じるけれどね。」 緑山は何も言えなかった。何も言えなかったけれど、心の眼では山波の面影を見ていた。 現実は・・・相変わらずペットボトルを見つめ、微動打にしなかった。 そして、女が高砂席に向かって歩いて来た。 「いよいよ君の死刑の時のようだね。今の話は、冥土のみやげだ。」 如月は緑山の肩をポンと叩くと、少し笑いながら席に戻った。 そして、意地悪く緑山の正面に座りずっと微笑みかけていた。 緑山の肩に女が手をかけて、椅子に座ろうとした時、反射的に緑山は立ち上がった。 そして大声で言った。 「僕はあなたとは結婚できない。 あなたには、1ミリの魅力も感じない。お爺様のいう通りに結婚して子供を作ってなんて絶対にできない。 なぜなら僕は同性愛者だからだ。」 「則夫 やめなさい!」 緑山の両親の制止に一瞬会場の時は止まった。 その場所の呼吸が止まったかのように静まり返ったフロアに緑山の声が響いた。 「お父様、僕には、大切な恋人がいたんだ。僕の事を守ろうと一生懸命になってくれる素晴らしい人だった。その人と別れてでもあなたの会社のために働こうと思った。 なのに、あなたがくれた僕の仕事は愛のない結婚だった。 緑山の人間はみんなそうして来たかもしれないけれど、僕はしない。そんな運命には従えない。」 「おまえ、我々を侮辱するのか。代々、苦労して守って来たのに。 それでおまえも何不自由なく暮らして来れたんだろう。」 「そうだね。今までありがとう。お父様、お母様。でも僕その人のところへ行きます。」 「則夫!」 会場を出て行こうとする緑山に、父親は酷く憤慨して叫んだ。 「則夫!車の鍵を置いていきなさい。」 緑山はジャケットごとテーブルに置いた。 靴もズボンも脱いで、シャツだけで出て行った。 あずみも雅もそれに続いて、テーブルの上にスーツを脱ぎ出て行った。 如月はその後ろを、少し笑って追いかけて出て行った。
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