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「あんまり楽しくなさそうだね」
トイレに行くと席を外して、店の外でため息をついていた私に、彼が声をかけてきた。
幹事としての気配りか。
私は苦笑いを浮かべて謝った。
「ごめんなさい。こういうの苦手で」
そう言う私に彼も微笑んだ。
「実は俺もなんだ」
彼とともに過ごすようになって、その言葉が本当のことだとわかったけど、当時は嘘だと思っていた。私に話を合わせただけ。
「美紀に頼まれてさ。仕方なくって感じだよ」
美紀とは田中さんの名前だ。下の名前で呼び捨てにするほどの仲だと言っているようだ。
彼女がいるにも関わらず、別の女性と二人きりでいるのはどうなのか。
私は妙に腹がたって、わざとらしく彼から視線を逸らした。
「私は大丈夫ですから、席に戻ってください」
彼は一瞬戸惑って、すぐに頷いた。
「席には戻るけど、その前に君の連絡先聞いてもいいかな」
「は?」
私は目を丸くする。
そう。彼には、昔からこういうところがあった。自分勝手と言うか唐突と言うか。
「何で?」
問う私に彼は笑った。
屈託のない満面の笑顔で。
「君が好きだから。ずっと前から」
まったく予想もしていなかった彼の言葉に、すっかり混乱した私は何かいろいろと言っていた。彼はニコニコしながら落ち着いてひとつひとつ答えていた。
結局、そこで私は彼と田中さんは付き合っていないという彼の言葉を信じ、彼に連絡先も教えた。
その一年後に、私たちは結婚した。
まさか、この私が結婚するとは。
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