SS2「春の戯れ」【1】 SIDE三井(遥)

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SS2「春の戯れ」【1】 SIDE三井(遥)

 同じ家で生活する恋人同士は、普通どのくらいの頻度で身体を重ねるのだろう。  室内の空気を入れ替えながら、遥は、明るく爽やかな日差しに似合つかわしくないことを考えた。  どこからか風に乗って沈丁花の香りが届く。  洗濯機が回るゴウンゴウンという低い振動音が、洗面所からのどかに聞こえてくる。窓枠の埃をざっと掃って、水色の薄い膜を張った春の空を見上げた。  初めて抱かれた頃は、会うたびに身体を重ね、飢えた獣のように求められた。それに応えるだけで精いっぱいだった遥は、自分でも抑えがきかないのだと、許してくれと、ひどく気まずそうに口にする蓮見の言葉を、切羽詰まった表情の全部を、ただ受けとめるだけでよかった。  それが、ある時蓮見は、身体だけが目的ではないのだと――そんなこと、とうにわかっていたのに――証明すると言って、遥自身が「欲しい」と言うまで遥を抱かないと言い出した。一緒に暮そうと言ってくれた、同じ日に。  それでも、あの頃は同じテーブルで食事をし、その日あった他愛ない出来事を話すだけで幸せだった。温かい胸に包まれて眠るだけで満ち足りていた。  だから言えたのだ。  一つの区切りが着いた時、迷いも曇りもない心で、蓮見が欲しいと。  けれど今はうまく言えない。おそらく、あまりにそれが本当のことだから、口にすれば深い業のような激しさが言葉に現れそうで怖いのだ。  去年の秋、遥は蓮見と一緒に梓の墓参りに出かけた。隅々まできっちりと掃除が行き届いた三井家の墓の、まだ新しい花が供えられた墓石の前に、持参した花を置いて手を合わせた。  あんなに大きな墓地で梓は静かに眠れているのだろうか。少し心配になったが、それを確かめる方法はないし、どのみち墓や神社仏閣などは、参る側が自分と向き合うためにあるものだ。足を運べる場所があることをありがたいと思うことにして、改めて梓に一つの報告をした。
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