【1】 SIDE蓮見 1

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【1】 SIDE蓮見 1

「今から、キッチンの向きを変えたい?」  暖房の効きが悪くなった工事部の一角で、蓮見崇彦(はすみたかひこ)は机の上の工程表から顔を上げた。  長い脚を机にぶつけないよう器用にたたんでからグレーの事務用椅子を回転させる。  振り向いた先にはスーツ姿の細い男が立っている。  営業部の三井遥(みついはるか)。  今年二十三歳の蓮見より五つ年上だというが、つるりとした白い小顔もほっそりと華奢な身体もとてもそんな風には見えない。やけに綺麗な王子様顔で、そのせいか営業成績はけっこういいと聞いている。  けれど、工事が始まってから、こうしてあれこれ変更の話をしてくるのは十分な打ち合わせをしていないからだ。正月早々迷惑な話だと、蓮見は心の中で舌打ちした。  建築系の専門学校を出た蓮見が中堅のハウスメーカー『ウエストハウジング』に入社したのは約三年前。新卒での採用だった。現場監督として一年間の見習いを経た後、自分の担当物件を持つようになって、この三月で丸二年。ようやく一通りの仕事をこなせるようにはなったが、誰かの尻拭いを気軽に引き受けるほどの余裕は、まだない。  長すぎる脚を椅子から投げ出したまま、蓮見は半分回した身体と視線を工程表に戻した。 「無理だな。配管も土間コンも終わってる。今から変更するとなると全部やり直しだ。工期は遅れるし、予算も狂う」 「金額にもよるけど、お金はお客さんのほうで出せるって……。工期はどのくらい遅れる? お嬢さんの新学期に間に合わないくらい?」 「だから……」  言いかけて、蓮見は再び顔を上げた。 「客、金を出すって言ってるのか?」  三井は頷く。  工期が遅れることも、ある程度は承知していると言う。その上での希望なのでなんとか検討してもらえないだろうかと、もう一度頭を下げてきた。  椅子に座ったまま、男にしてはずいぶん小さい頭を眺め、蓮見は考えた。
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