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「実はな、お前が良いと推薦をされてだな」
「推薦ですか?」
「浅野がな、お前なら足が速いから丁度いいだろうと」
「は?」
なんですって? 予想外の名の登場に、教師に対してするべきではない不躾な言葉が、僕の口から飛び出していった。
先生いわく。
どうやら毎年不人気のリレー選手にどうすればいいか職員室で悩んでいたところ、時同じくして、たまたま職員室に訪れていた浅野に聞かれたのだとか。そうして「それならば」と、教えて貰ったのが僕の事だったそうだ。
浅野が、そうやって教師の相談に乗る事は珍しくはない。
これは「困っている奴がいたら助ける」「人脈はあって困るものじゃないからな」と言う浅野の信条に則った行動である。優等生の皮を被った魔王様はこうやって日々周囲に媚を売って生きているのだ。
(ハッ。ま、まさか、あの昼休みの『面白い事』って、これのことか―⁉)
昼休みの浅野の態度を思い出し、血の気が引いていくのを感じる。
が、僕の様子に担任が気づかない様子はない。それどころか「浅野から聞いたぞ」と、嬉しそうに話を続けていく始末だ。
「お前、毎日昼休みは走って過ごす程、走ることが好きらしいじゃないか。確かに、校内を走っている姿もよく見る。校内を走るのは流石にいかんが、しかし、そこまで走るのが好きなら、体育祭のリレーなど、もってこいだろう」
「ふぁっ」
いや、確かに走ってはいるけど! 好きで走ってるわけではないんですけど⁉
あの野郎、ここぞとばかりにいい感じに話を捏造しやがったな!?――、脳内にここぞとばかりに、ニヤついた笑みを浮かべる浅野が浮かびあがり、頬がひきつる。
「頼むっ! お前しかもういないんだっ! リレーの選手が決まってないのはうちのクラスだけなんだよっ! そうしたら、お前が今までサボった体育の分の成績、多少は見逃すように頼んでやってもいい! お前、この間のハンドボールの授業、仮病で休んでただろう?」
パンッ!と手を叩きながら、こちらに頭を下げてくる担任に、「うっ」と言葉が詰まった。
確かに、僕が以前ハンドボールの授業を「腹が痛い」という適当な理由でサボった事は純然たる事実ではある。
でも1つ言い訳をさせてくれ。仮病の理由が適当なだけで、サボッた理由はちゃんとあるんだ!
だってあの授業、2人1組でキャッチボールをしなければならないんだぜ? あんまし仲が良くない奴と組む羽目になった時の、相手から向けられる、コイツかよ、という目。あれを受けるぐらいなら、成績の一つや二つ、失ったって僕はいいっ!
……が、しかし、見逃してくれると言うのなら、正直それに越したことはない。
なんせ、元々僕の成績は良い方とは言えない。昨年だって、補修を受けてのぎりぎりで進級した。
もう二度と、あんな目にはあいたくない。
「くっ……、わ、わかりました」
「そうか! やってくれるかっ!」
お前ならやってくれると思っていたぞ、と先生が笑いながらバシバシと肩が叩かれる。はは、と空笑いが口から零れ落ちた。浅野の奴、覚えておけよっ。
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