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この男、ついに頭だけではなく目までクソに成り下がったのだろうか――、思わず哀れみの目を浅野に向ければ、僕の視線に気付いたのか浅野が苛立たしげに口を開いた。
「んなことは、見ればわかる」
浅野の眉間に深いしわがより、あからさまな苛立ちがその顔に刻まれる。
だが、顔が整っているせいだろうか。正直、なにか美術品でも見ているかのような神々しさがそこにはある。何も知らない者が今の彼を見れば、何事か難しい事を考えている賢人のようにでも勘違いしておかしくはない光景だろう。
実際、教室のあちらこちらから「きゃぁっ」と、女子のものと思われる黄色い悲鳴が聞えてきている。目を向けてみれば、頬を赤く染めながらチラチラとこちらを見ている女子生徒達の姿。僕が居る事など全くもって眼中にない事がわかる女子達の視線が、漫画の集中線よろしく浅野に向けて一直線に注がれている。
クッ……!己イケメン。女性の視線を独り占めしやがって……!
嫉妬で我を忘れそうだぜ!キィッ!と、思わず心の中でハンカチーフを噛みしめる。
が、そんな僕の嫉妬にも女子の視線にも、浅野は全く気づかない。周囲から向けられる好意の矢印は無視し、己の視線を目の前の焼きそばパンへと一直線に向けている。
「俺は、『なぜ昨日と同じパンが買われてきている』という意味で訊いたんだ」
「はあ? なんでもいいって言ったのは、そっちだろ」
浅野からの理不尽な返答に、僕は今朝方浅野から言われた言葉をそのままそっくり言い返した。
――『パン』
そうラインで浅野から送られて来たのは、今朝方のこと。
味の種類に関しての言及はなく、こういう時は「なんでもいい」と言われているのと同義語である事を、僕は今までの経験上から重々承知していた。
まぁ、要約すると本日の昼飯のメニューである。それを見た僕は、昼休み前に食堂まで走り、言われたものを買って浅野の下へ向かう。それを日々毎日。学校があり、昼休みという時間が存在する限り、僕は永遠と繰り返さなければならない。
なぜならば、僕は彼の下僕で、彼は僕の主人だから。
そういう『約束』が、僕らの間にあるからだ。
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