第1章

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 あと15メートル。誰かこの鼓動を消してくれ。周りの音が聞こえない。  あと10メートル。右手をポケットに突っ込む。ナイフの柄を握る。  ポケットからナイフを……。  取り出せなかった。  そのままジョギングのふりをして通り過ぎた。  失敗だ。  何故だ。何故、右手が動かなかった。ナイフを取り出して相手に突きつける。それだけの行為なのに。  暗闇に。早く暗闇に紛れたい。  俺は街灯の明かりが届かない場所まで急いで走った。誰にも見られてないはず。  人を殺すことなんて何とも思ってないはずだった。いや、今も思っていない。  人はいずれ死ぬ。原因は何であろうと、遅かれ速かれ人は死ぬ。  殺人なんてその原因が人だったというだけのこと。その思いに今も揺るぎは無い。  誰が死んでも涙ひとつ流れはしなかった。我慢とかでは無く、ただ無感情に受け止めていた。  一つの命が無くなったということだけをそのまま受け止めていた。  それなのに何故……。
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