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僕の視界に入っていた物は、見知らぬ段ボールと見知った天井だった。段ボールにはおそらく僕の私物が入っており、それは5年の月日が生んだ大量の思い出である。そんなこの部屋、この街を離れることには一抹の寂しさを感じる。
住居こそ変わりはしたが、結局街から出ることはなかった僕としては、かなり不安だ。
荷物はもう既にまとまってしまっているが、思い出の品をもう一度見たいと、そう思うのは、ここでの思い出に浸りたいからだ。
この街で生まれ育って、今までの思い出の9割9分はこの街に詰まっているということを考えれば、無理もない話だろう。先日、会社の後輩から仕事は引き継ぐ旨を伝えられたことや、友人の別れを惜しむ涙も、またこの街での思い出で、すべてここで築かれたものだった。
26歳の頃、25歳の頃、24、23……。
今までの思い出を、迎えが来るまでの暇潰しがてらに数える。
9、8、7、6……!
街での思い出で、僕の全てがコンプリートされる直前、ちょうど6歳のところで、そこに不純物が含まれていることに気づいた。
しかしそれは、不純物というには、あまりに綺麗で、捨てがたい思い出だった。
──ふむ。
なに、すぐには迎えも来ない。
気まぐれに、おもむろに、焦る様子も一切なく(本当に時間だけは有り余るほどあったから)、僕は立ち上がる。
道路を挟んで向かいのアパート、そのベランダに、朝顔が咲いている。
早朝、僕は20年ぶりに旅に出た。
所詮短い旅である。
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