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「寝ぐせ、ついてるわよ」 言いながら苦笑を漏らし、自分のデスクの椅子に腰かける。 つい今しがた緩めていたはずの顔が真剣なものに変わり、芽衣は早速仕事にとりかかったようだ。 カチカチとマウスをクリックする音と、とてつもない速さのキーを打つ音を聞きながら、銀二は自分のデスクへと向かった。 銀二の勤めるここは株式会社『Shibasaki』。 社長の柴崎大虎がライトと呼ばれていた一ノ瀬光輝とともに立ち上げた会社だ。 それまで銀二は工事現場などで足場を組む仕事をしていたのだが、起業時に、ブッシーと呼ばれた若菜武士とともに昔馴染みで声をかけてもらい入社した。 それから10年がたった。 視線を動かした先には光輝がいて、社長ともども公私ともに順風満帆だ。 向かい合う位置にいる芽衣はこの会社の産業医の妻で、自分の数倍速く仕事をこなす姿をじっと見つめていると、ふと気が付いた。 あぁ、そっか。アイツに、似てるんだ。 ついさっき夢の中に出てきた“アイツ”を思い出した。 外見が似ているというわけではない。 色白ですらりとスタイルのいい芽衣は、仕事の出来るOLそのもの。 アイツはどっちかというと健康的で活発だったしな。 まぁ外見はどっちが好みかと言ったら、芽衣さんだけど……。 銀二が顎をさすりながらそんなことを心の中でつぶやいていると、芽衣がふと視線を向けた。 「鉄(くろがね)銀二。仕事3倍に増やしてやろうか?」 「っ!!そ、それは勘弁してくれ!ちゃんとやるから!!」 慌てて芽衣に返事をしてパソコンに視線を向ける。 さっきの言葉の芽衣に夫の矢部を重ね、銀二は苦く顔を歪めた。 似たもの夫婦かよ、ったく。 入社に関しては俺のほうが先輩だっつーのに。 しかしつい先日入社したばかりの芽衣だが、年も上だしキャリアが違う。 自分に事務仕事の知識を叩き込んだ彼女は、いわば師匠だ。 早速躓いた資料片手に銀二は椅子から立ち上がった。 「ししょー」 「…………」 「せんせー」 「…………」 「芽衣さーん」 「なぁに?」 必要な資料を見せながら、どうしたらいいかと問う。 傍らに座る芽衣が説明しながら自分を見上げた瞳に。 ……っ、 銀二は再び、“アイツ”を思い出していた。
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