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銀二はオフィスの給湯室で淹れたコーヒーをそろそろと運びながら、部屋の中心にあるソファへとゆっくり腰を下ろした。 いつもなら大虎と光輝のいる社長室で休憩をとるのだが、今日は下の階の銀二たちの方へと集まっていた。 芽衣が止まることなくキーボードを打ち付けている。 銀二が運んだコーヒーを啜りながら、若菜が口の端を持ち上げた。 「心地いい響きだ」 目を細め、視線を芽衣の方へと向ける。 若菜はキーボードを打つカチャカチャという音が好きらしい。 陶酔したような表情の若菜に、銀二は顔を引きつらせた。 この音を心地いいとは思わない。 むしろ、急かされているようで、居心地の悪い時がある。 じっと芽衣を見つめていた銀を、隣に立っていた芽衣の夫の矢部が小突いた。 「っ、ダッ!!痛って!!矢部、こら!ペンでつくんじゃねーよ」 「てめぇが人の嫁に熱い視線を送ってるからだろうが」 おでこを抑えて銀二がギロリと睨んだが、矢部の方が何枚も上だ。 「メスのほうがよかったか?」 白衣のポケットに両手を突っ込んで見下ろされれば、銀二は不貞腐れて視線を逸らせた。 「しょうがないよね。銀ちゃん、年上好きなんだし」 「なに!?銀、それは本当か?」 光輝がニヤニヤと笑いながらそう言うと、若菜が芽衣に向けていた視線をぐるりと銀二へと向けた。 「は?いや、別に年上が好きってわけじゃ……」 少し歯切れが悪いのは、昼休み寝た時に見た夢のせいだろうか。 「お前もそろそろ将来のことを考えた方がいい。年上が好きなら俺の知り合いを紹介してやろうか」 真剣な顔で若菜がいうものだから、光輝と大虎が小さく笑った。 「ブッシー。銀ちゃんには心に決めた人がいるんだよ。ねぇ?」 「ほう?それは初耳だな」 にやにやと笑う光輝と大虎に、片眉を持ち上げて聞く気満々の矢部に若菜。 銀二は「ゲッ」と身を引くと、苦く笑った。 「……別に、決めた人ってわけじゃねーよ」 「でも、待ってるって決めたんでしょ?」 なんでお前が知ってるんだよと視線で光輝を睨んだが、そこはいろんなことをお見通しな光輝なため、肩をすぼめるだけで流された。 「待つったって、もう15年は経つしな。音沙汰もねーし、知らね」 銀二は投げやりにそういうと、ぬるくなったお茶を飲んだ。
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