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「愛していたよ、おまえだけを。生涯惚れた女は、お母さんだけだ」  そう言って私の手を握り、夫は穏やかに微笑んだ。  この人がこんな風に優しく私に触れ、こんな風に笑うのを見たのは何十年ぶりだろう。  いや、元々この人は優しい人だ。  私は重ねられた夫の手を、しげしげと眺める。無骨な手が随分軽く感じられる。布団からはみ出した腕も、細くたるんでいた。  お互い老いたなと、改めて思う。  カーテンで仕切られた狭い空間に、うっすらと射し込む暁光が、達観したような夫の顔に死の影を落としていた。  なぜ今になって、こんな事を言うのだろう。愛されていると思った事は一度もなかった。  この人は、男に裏切られた私を憐れんで、一緒になったのだと思っていたのだ。  真面目で実直、それだけが取り柄のつまらない男。私が断れば、他に嫁の来手はない。そうやって夫を蔑んで、私は憐れでもかわいそうでもないのだと、自分に言い聞かせて嫁いだ。  戦後とは名ばかりで、まだ国中が貧しかった時代の事だ。  当時の私は山間の村で、家族と共に近所の農家を手伝いながら暮らしていた。     
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