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「――永井さん、どうしたの?」  月子に話しかけられて、彩花は我に返った。 「すみません、何でもありません」 「そう。……じゃあ、みんな、戸部さんの業務はこの通りに引継ぎお願い。ちゃんとしないと森川君が怒っちゃうからね!」 「そんな、怒りませんよ」  森川が月子に答えると、部署内で笑いが起きた。彩花も一応笑っておいたが、心は上の空だった。  引継ぎの話が終わると、彩花はトイレに行くフリをして部屋を出た。  月子の顔も森川の顔も美咲の顔も見たくなかった。 「――永井さん」  廊下を少し歩いたところで声を掛けられた。  振り向くと、月子が立っている。 「何か?」  彩花は何でもないような表情を装った。 「実はちょっと心配で。さっきぼんやりしていたし」 「部長、私がぼんやりしているのなんて、いつものことです」 「また、そんなこと言って! 実は私がこの間あんなこと言ったから、気にしているんじゃないかと思って」 「あんなことって?」  彩花には心当たりがあったが、知らないフリをした。 「『そろそろ別の人を探した方が良い』って言ったことよ」 「あのことですか? 大丈夫です、確かにその通りですし……」 「気にしていたなら、ごめんなさい。でも、この間も言った通り、永井さんならすぐに良い人が見つかるわよ。落ち込まないでね」  月子は美咲の寿退社の引継ぎの説明を聞いて、美咲と森川が結婚することを再確認してしまって落ち込んでいると思ったのだろう。  あの屋上での密会を見なければ、彩花は素直に月子の気遣いに感謝しただろうが、彩花は月子の言葉に引っ掛かりを感じた。
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