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葵離宮では相変わらずの毎日。早すぎる仕事の人はもういないし、いつも通りの人はいる。
今日は紅泉と黒耀、そして白縁がいた。
「ごめん、寝過ごした…」
息せき切って駆け込んでくると、黒耀が驚いた顔をして、紅泉が顔を上げる。
その赤い目が、ほんの少し険しくなった。
「おはよう、春華ちゃん。そんなに急がなくても、ゆっくりでいいのに」
「でも、朝食逃すと一日会わない人もいるし…」
「それはそうだけどさ」
なんて、いつもみたいに黒耀と話していると、不意に紅泉が溜息をついて近づいてくる。
心なしか、ちょっと怒っているような?
「座れ、春華」
「え?」
「いいから座れ」
ほぼ命令口調で腕を引かれ、そのまま椅子に座らせられる。
そして何をするのかと思えば、引き出しから櫛と香油を出して丁寧に髪を梳き始めた。
「あの…」
「年頃の女が、そんなみっともない髪で外をうろつくな。少しは自覚を持て」
ピシャリと言われて、少し凹む。
そりゃ、確かにちょっと気遣いとかしてなかったかもしれないけれど、でもどうしても遅れたくなかったんだもん。
でも、そんなのまったくお構いなしに、紅泉の手がスルスルと髪を梳き、綺麗にまとめ上げて結い上げていく。
そして最後に、自分がしていた銀に赤い宝石のついた簪を差した。
ハラリと、紅泉の赤い髪が下に落ちる。
「これでいい」
「でも、紅泉は?」
それでは仕事がしずらいから、まとめていたんじゃないの?
けれど彼はまったく気にした様子もなく、軽く髪をかき上げた。
「別に構わない。それほど煩わしいわけでもない」
「本当?」
紅泉は私よりも髪が長い。赤い髪がサラリと背中に落ちて、その先端は背の中程まである。
それが邪魔じゃないわけがない。
けれどそれっきり、紅泉は座っていた席に戻ってまた書面に目を走らせてしまう。
結局私は、声をかける事ができなかった。
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