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止まりそうな足を動かしているのは、もはや気力だけな気がする。少しでも挫ければ、座り込んで泣いてしまう。今ここで動けなくなる事だけはしてはいけない。
食いしばって、私は辺りを必死に探した。
「お前が池に入った時、あの娘は叫ぶばかりで何もできなかった。紅龍は泳げない者が多い。あの娘もだろう」
静かな声がそう言うのを聞いている。冷たく聞こえるが、彼の苦々しく真剣な表情を見れば感情がそうではないと分かる。冷静になろうとしているのが、伝わってくる。
私達はようやく、貴族街と大路を繋ぐ橋の所に来た。そしてそこで、一人の人が立っているのが見えた。頭からすっぽりと白い布を被った人が所在無げに欄干に凭れている。
「紅泉、あれ!」
息を切らして私は言う。紅泉も気づいてそこへ向かおうとした。
だがそれよりも早く、人影は大きく前に倒れていく。頭を覆っていた白い布が風に舞って、優しい桜色の髪が露わになる。
欄干を越えて人影は真っ逆さまに川へと吸い込まれていってしまう。大きな水しぶきが上がった。
「人が落ちたぞ!」
橋の周囲にいた人の悲鳴と叫び声が、私には遠くに聞こえた。
足が震えて動かない。心臓を搾り上げられるような、気持ち悪い感じがして胸元を握る。
そんな私の脇を、赤い色が駆けていく。
「紅泉!」
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