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騒然としていた場も、周囲に人がいなくなるにつれて閑散としていった。
「さて、私達も行くか」
全身ずぶ濡れのまま、紅泉は髪をかき上げている。
私はそれに頷いて、でも動けなかった。今になって足が震えてきている。怖かったのと、安堵と。
「春華?」
「ははっ。ごめん、なんか動けなくて」
正直に言うと、紅泉も私が震えているのに気づいたみたいだった。ゆっくりと近づいてきて、あれ? と思う間もなく私は紅泉に担ぎ上げられていた。
「わぁ!」
「ほら、しっかり首に掴まれ」
軽々と私を抱いた紅泉は、思いのほか楽しそうな声で言う。けれど、濡れた体に夜風が当たってだいぶ冷えていた。
ギュッと首に腕を回して抱きつく。触れた所が少しでも温かくなればと思った。
「…ここからなら、私の家が近い。今日はそちらに泊まろう」
「うん」
静かに歩きだす紅泉に抱かれたまま、ほんの少し周囲の人の目が恥ずかしかったけれど、私は目を閉じて見ないふりをした。
ドキドキが伝わりそうな距離が、この時はなんだかホッとしたのだった。
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