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「紅泉、いつも有難う。私の我儘きいてくれたり、甘えさせてくれたり。私はずるいから、何も言わずにその優しさを受け取って、なのに何も返していなかった。ううん、返したい気持ちを素直に言えなかった。有難う。大好きだよ」
泣きながら礼を言うその姿が、どれ程苦しく胸に迫るか、この娘は分かっているのだろうか。こんなに、切迫した気持ちを起こさせると知っているのだろうか。
困ったように泣きながら笑う姿が痛々しい。こんなにもこの娘を苦しめたのが、誰でもない自分である事が憎くも感じた。
「ごめん、困らせるつもりじゃないの。そうじゃなくて、私…」
もう、そこが限界だった。
止まらない涙を拭う手を引き、胸に抱いて口づけた。どれ程我慢したか知れないというのに、婚姻の儀を済ませるまでは手を出さないと誓っていたのに、無理だった。
驚いたように見開かれた瞳が、やがて従うように閉じる。身を委ねられる事に、安堵した。
「紅泉…」
唇を解放して、熱を帯びたような声が名を呼ぶ。
これには困ってしまった。一度許してしまえば、感情を押し付けてしまいそうだ。それはきっと春華を困らせる。
何より、この後の事がまだ解決していない。運命を変えなければ、先になど進めない。
私の中で明確に、気持ちは固まった。おそらく運命は変わっていないだろう。だが、変えてみせる。
「時が有限である事を、私はいつしか忘れていたのだろう」
「え?」
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