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覚悟
目が覚めた時、私はパニック状態だった。
大きく息を吸いこむと、胸の辺りがズキッと痛む。不規則に脈を打っているみたいで、どうにも苦しくて痛かった。
それでも辺りを見回してみる。そこは、花離宮の私の部屋で間違いがない。まだ朝早いのか、静まり返っている。
私はそっと起き上がって、寝台から立ち上がった。途端、強い眩暈がして世界が歪んでしまう。一歩足を踏み出したけれど、床に膝をついたまま動けない。トットットットッと、早い調子で脈を打つ。蹲ったままそれが落ち着くのを待って、私はようやく立ち上がった。
周囲に変わった様子はない。
でも、そんなはずがない。紅泉が死んだとなれば、こんなに静かなはずがない。そもそも、私は紅泉の屋敷に居たはずだ。
龍玉が何かをしたのだ。それは多分、間違いがない。けれど、何を?
考えていると、不意に扉がノックされて李燕が入ってきた。その表情はいつもと変わらない、優しく穏やかなものだ。
「あら、春華様もうお目覚めでしたか?」
「李燕」
いつもと変わらない様子。むしろ、少し嬉しそうな顔をしている。紅泉が死んで、李燕がこんな顔をしているはずがない。
「李燕、あの…」
「収穫祭が楽しみで、昨夜は眠れませんでしたか?」
「え?」
李燕の言葉に、私は首を傾げた。確かに、「収穫祭」と言った。今日が、収穫祭なの?
「どうかなさいましたか?」
不思議そうに問いかける李燕に背を向けて、私は寝台の傍へと駆け寄る。そしてそこに、いつもと同じく紅玉があるのを見て、膝から崩れ落ちた。
私は戻ってきたんだ、あの日の朝に。まだ何も始まっていない。まだ、紅泉は生きている!
「大丈夫ですか、春華様?」
「あぁ、うん。ちょっと、悪い夢を見たの」
ぎこちなく笑って、私は誤魔化した。
いや、これは誓いだ。あんな未来、ただの悪夢にするんだ。
私の胸に強い決意が宿る。あの未来を避ける為に、私はここに戻ってきた。未来を変えるんだ、自分の手で。
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