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おまけ
庭の木々が花をつける。沢山の季節が過ぎて、また温かな春が巡ってきた。
「母上!」
私を呼ぶ声に、視線をそちらへ向ける。
紅泉に似た赤い髪を揺らし、まだ少年と青年の合間にあるような、あどけなさの残る顔立ちの我が子が私へ向かい駆けてくる。
「紅凜、どうだった?」
「及第したよ! この春から、私も官吏の一員だ」
「良かったじゃない! 今日はお祝いね」
科挙の結果に大いにはしゃぐ紅凛は、私を力いっぱいに抱きしめる。成人して、一八〇歳を超えているこの子の力で抱きつかれると少し苦しい。それでも、それだけ嬉しいのだと思うと無下にもできなかった。
「兄上、そのように母上を締め上げては母上が苦しいわよ」
「李桜」
娘の李桜も今年で一六〇歳、そこそこ年頃で言うことはかなり大人びている。下手をすれば紅凛の方が下に見える事すらあるのだ。
「それに、母上は大事な体なのよ。いくら嬉しいからって」
「あぁ、ごめん! 母上、大丈夫?」
「平気よ、このくらいは」
笑った私に、紅凛もホッとした様子だった。
現在の私は、外見的な年齢で言えば三十代半ばくらい。ただ、実際は結婚して百年を超えている。どういうわけか、私の寿命がこちらの世界に合ってきたようで、六十近くなっても全く衰えていないと感じた時には少し焦った。
でも、安心もした。普通の人間として天寿を全うしてしまうと、紅泉達を置いて行く事になる。何より可愛い我が子を、幼いうちに置いて逝かねばならなくなる。それだけはなんだか、悲しかった。
そして今、私の中には新たな命がある。少し慌ただしくて、私も三人目は考えていなかったけれど、子供達もだいぶ大人になったのでもう一人くらいはと思えるようになっていた。
「母上、今日は私が料理作るわね」
「大丈夫?」
「大丈夫よ、任せて!」
李桜は明るい笑みを浮かべて自信満々に台所へと消えていく。けれどすぐに、何やらひっくり返した大きな音がして、私は苦笑して台所へと向かうのだった。
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