180人が本棚に入れています
本棚に追加
/353ページ
【紅泉伝】紅泉視点ストーリー
【儀式前夜】
*披露の儀前日のお話です。
久しぶりに戻った屋敷は、随分と静かに感じられた。
庭の池に映る月を眺めながら、どこか落ち着かない私がいる。実に、らしくなかった。
思えば最近は騒々しいばかりだった。幼馴染の三人だけでも何かと賑やかだというのに、緑倫と白縁もいる。何よりあの娘がいると、その場が騒々しいくらいだ。
だがそれが、心地よく感じられる。どちらかと言えば静かな時間を好む私が、随分と毒されたようだ。そう思いながら、口元に笑みが自然と浮かぶのだ。
「兄上、お茶をお持ちしました」
「あぁ、春か」
弟の紅春が茶を乗せた盆を机に置く。私はそちらへと歩み寄り、久しぶりに弟と二人の茶を楽しむ事にした。
「なんだか、楽しそうですね兄上」
「ん?」
茶を飲んでいる私の顔を見て、穏やかに春は笑う。
私は自分がどんな顔をしているか分からないまま、視線を上げた。
「とても嬉しそうな顔をしております。楽しそうな」
「そうか?」
「はい」
楽しそうに笑う春を見ると、私も自然と笑みが浮かぶ。そして、この心にある落ち着かない気持ちを、素直に受け入れた。
「離宮での生活は、どのようなものなのですか?」
最初のコメントを投稿しよう!