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向けられる悪意
外食の夜から、私はまたしっかりと前を向けるようになった。
相変わらずズレもあるし、距離を感じる事もある。けれどあれ以来、紅泉は夕食の時間には離宮に戻ってくるようになって、話を聞いてくれるようになった。
私はその時間がとても楽しかった。
季節は春から夏に移り変わった。日差しは強いけれど、やっぱり日本の夏とは違って蒸し暑くはない。窓を開ければ風が入ってきて涼しいし、案外快適だ。
「春華様は元気ですね」
資料を探しに来た黒翠さんが、今にも溶けてしまいそうな声で言う。
どうやら黒龍というのは暑さには弱いらしい。そういえば、最近黒耀もいつも以上にだらけているかも。
「私の住んでいた場所はもっと暑かったのよ」
「そんな場所で生きて行けるのですか?」
「暑さの質が違うのよ。私の所は空気がじっとりまとわりつくみたいに暑くて、むしむししてて。そうだな…蒸籠の中みたい?」
「耐えられません。死にますぅ」
資料を探しに来たはずが、机にだれてそのままだ。紅泉が知ったら怒るだろうな。
「はい、お探しの資料。昨年の税の徴収記録ですよね」
「わぁ、春華様とってもお優しいです。有難うございます」
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