結婚してからは

4/4
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
夕食の片付けを済ませ、お風呂で一人、大きく溜め息を吐く。鏡に映っている自分の顔は、昔のような覇気は全く無かった。 その姿を見るたびに自分に自信が無くなる。 寝室に行くと、仕事で疲れて、私よりも先に眠る旦那の姿があった。隣に根っころがり、そんな彼の寝顔を暫し見詰める。 「ーー好きだな」 目元も口元も鼻筋も、毎日のように見ているのに、全く飽きがこない。低い鼻の私と違い、彼の鼻は普通よりも高く、それがとても羨ましかった。 ーー可愛いなぁ。 ふと思った事だった。 鼾をたてることもなく、まるで子供のように無防備な顔でスヤスヤと寝息を立てている姿に、私の心は不思議なくらいに穏やかになっていった。 なんでかな? 変なのーーそう思った時だった。 旦那の手がそっと私の小指に触れて、優しく握られた。 「……!」 起こしてしまったーーそう慌てて、旦那の顔を窺うが、先程と変わらず気持ち良さそうに寝ているままだった。 そんな旦那の無意識の行動に、ふいに涙が溢れてしまった。 夫婦だから知っている、お互いの癖がある。 旦那は安心するかなのかどうかは理由は定かではないが、昔から枕の端を摘まむ癖があるのだ。 今ではすっかり、私の指がその枕の役目になっている。 「……全くこの人は」 ーー人の気も知らないで。 きっと私達は無意識の中でお互いがお互いにとって無くてはならない存在になっているのだろう。 そう思うと、胸の内にあった重苦しい何かが、すうっと薄れていった。 当たり前の存在だからこそ大切にしたいーー 愛しい人。 「大好きだよ」 そう呟いて、寝ている夫の頬に軽く唇をあて、私も眠りについた。 夢なのか。記憶なのか。 薄れていく意識のなかで、昔の彼が言う。 「ーーやっぱり大好きな人の手だから、こんなに落ち着くんだな」 はにかんでそういう彼に、昔の私も、今の私も、胸が跳ねあがるのを感じたのであった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!