第54回 お店(たな)者

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 平吉は孤児だ。8歳の平吉を哀れんで、拾いあげてくれたのが銀座の町役人をつとめる岩瀬伝左衛門。京伝の実父である。  伝左衛門は深川木場で質屋を営んでいたのだが、安永2(1773)年、銀座1丁目の町役人の株を買って転居した、とされる。たかが質屋のおやじが、いきなり町役人にのし上がれるものかどうか。作者は、裏の事情をそれとなく暗示する。  銀座は、主流通貨の銀貨を鋳造し、銀地金を売買する人々が集住していた土地だ。幕府からそれらの事業を請け負っている。であるから、幕府要人とのつながりは強く、時勢のおもむくところには人々は人一倍敏感である。いや風向きによっては、いともあっさり変節しかねない。平吉は、その銀座の有力者の下僕となったのだった。  町役人と町奉行所との往来もひんぱんで、平吉は同心と出歩くこともしばしば。特殊な土地柄から銀座を縄張りとする岡っ引はおらず、いつしか平吉が岡っ引と見なされるようになっている。  平吉は、京伝に言い尽くせぬ恩義をかけられ、京伝を父とも兄とも慕っている。その平吉、20歳になったのをしおに、一戸を構えることになった。京伝のすすめであった。     
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