0人が本棚に入れています
本棚に追加
2
ぎし、ぎし、と床板の軋む音が聞こえる。
私は、反射的に上着の裾に手を突っ込んだ。そこには、脱獄の際、手伝ってくれた署員からの手土産の拳銃がある。
――もし、追っ手であれば、全員殺すか、私が死ぬか……どちらかだ……。
グリップを握る手に、汗が滲む。
ぎし、ぎし、ぎし、ぎし。
ぴたり、と音が止み……私の前には、杖をついたひとりの老人が立っていた。
「――ここ、よろしいですかな?」
老人は、私ににこりと微笑むと、私の対面の席を指さしてきた。
――ここで怪しい行動を取るわけにもいくまい……。
「……どうぞ……」
私は、右手を上着に突っ込んだまま、ぶっきらぼうに答えた。
老人は、杖を脇に立てかけると、ゆっくりと腰を下ろした。そして、
「貴女も……これではないですか?」
小声でそう言って、服の裾を軽くまくった。
強制収容所に入れられた者には、腕に管理番号が焼き印で押されることになっている。それは一生とることが叶わず、全ての人生を国家に握られた、という証である。
その老人の腕には、十桁の数字が、痣のように浮かび上がっていた。
――この老人も……脱獄者……?
秘密警察の中には、わざわざダミーの焼き印を入れて、脱獄者を探している連中もいるらしい。
ここは、黙っておいた方が良い。私の感が、そう告げた。
「……え? 何か仰いました……? 私、耳が悪くてよく聞こえないんですよ」
私は、空とぼけることにした。当然だ。今ここで送還などなったら、恐らく死刑になるだろう事は明白だからだ。
「そうですか。それは失礼しました」
老人は少し声を大きくすると、すっと腕を隠した。
そして、帽子を目深にかかると、身体を肘掛けに寄せた。
この老人、本当に脱獄者だろうか? だが、脱走をするにしては、歳をとりすぎているようにも思える。脱獄をするほどの体力があるように思えない。
現に、杖を使わなくては歩けないようではないか。
――きっと、秘密警察に違いない……。
私は、そう結論づけた。
最初のコメントを投稿しよう!