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 ぎし、ぎし、と床板の軋む音が聞こえる。  私は、反射的に上着の裾に手を突っ込んだ。そこには、脱獄の際、手伝ってくれた署員からの手土産の拳銃がある。  ――もし、追っ手であれば、全員殺すか、私が死ぬか……どちらかだ……。  グリップを握る手に、汗が滲む。  ぎし、ぎし、ぎし、ぎし。  ぴたり、と音が止み……私の前には、杖をついたひとりの老人が立っていた。 「――ここ、よろしいですかな?」  老人は、私ににこりと微笑むと、私の対面の席を指さしてきた。  ――ここで怪しい行動を取るわけにもいくまい……。 「……どうぞ……」  私は、右手を上着に突っ込んだまま、ぶっきらぼうに答えた。  老人は、杖を脇に立てかけると、ゆっくりと腰を下ろした。そして、 「貴女も……これではないですか?」  小声でそう言って、服の裾を軽くまくった。  強制収容所に入れられた者には、腕に管理番号が焼き印で押されることになっている。それは一生とることが叶わず、全ての人生を国家に握られた、という証である。  その老人の腕には、十桁の数字が、痣のように浮かび上がっていた。  ――この老人も……脱獄者……?  秘密警察の中には、わざわざダミーの焼き印を入れて、脱獄者を探している連中もいるらしい。  ここは、黙っておいた方が良い。私の感が、そう告げた。 「……え? 何か仰いました……? 私、耳が悪くてよく聞こえないんですよ」  私は、空とぼけることにした。当然だ。今ここで送還などなったら、恐らく死刑になるだろう事は明白だからだ。 「そうですか。それは失礼しました」  老人は少し声を大きくすると、すっと腕を隠した。  そして、帽子を目深にかかると、身体を肘掛けに寄せた。  この老人、本当に脱獄者だろうか? だが、脱走をするにしては、歳をとりすぎているようにも思える。脱獄をするほどの体力があるように思えない。  現に、杖を使わなくては歩けないようではないか。  ――きっと、秘密警察に違いない……。  私は、そう結論づけた。
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