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鏡子は、また変わらぬ日々に浸かっていた。
部屋からほとんど出ない。
誰ともほとんど喋らない。
それでも、鏡子にとっての穏やかな日々。
しかし、ふとしたときに、あのコンビニに向かう道の緑の匂いや靴越しのアスファルトの感触を思い出す。
それは、嫌な記憶ではなくどちらかと言えば温かい記憶として。
しかし、あのコンビニにはもう行けない。
あの女性が何に対して怒っていたのか全く分からないが、とにかくあそこまで怒らせているのにあの場所に行くことは出来ない。
鏡子は支払期限の過ぎた振り込み用紙を明かりに翳して見る。
ネットで予約した本の代金。
あの晩、振り込んで自分の大好きな小説の新作を購入しようとしていたのだ。
支払期限を過ぎてしまって、あの本はキャンセル扱いになってしまったが、買おうと思えばいつでも同じように買えるのだ。
すべてが元通り、すべてがいつも通りに進んでいく。
『ピンポーン』
玄関のチャイムの音が部屋まで響いてくる。
鏡子は、本を読む手を止めることはない。
お客が来たからと言って、部屋から出て対応するなんてことはしない。
『ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン』
何度も繰り返し鳴らされるチャイム。
今の時間は両親がいないから、誰も出なくて諦めて帰ってくれるのだが…………
余程、大事な用事があるのだろうか?
一瞬、出てやった方が良いのだろうかと考える。
しかし、誰が来ているのか分からないのに戸を開けるなんてあり得ない。
鏡子はやはり、無視しておくことにした。
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