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現 状
家に帰るのは憂鬱だった。出来れば帰りたくない。
でも帰らなくてもきっと見つけ出して、今まで以上の仕打ちを受けるのだろう。
真夏だというのに長袖長ズボンを着なければいけないのは、全身のあざを隠すため。
玄関で扉を開けることをこの手が拒む。
ドアノブに手を掛け、そこで固まってしまう。
永遠にも感じる時間の中、私の動きは止まったまま。
何時間経ったのだろうか。多分、実際には一分と経っていなかったのかもしれない。
扉に設置された、すりガラスの小さな小窓の奥に人影を感じた。
向こうも玄関に誰かいることに気付いたかもしれない。
意を決して私はゆっくりと扉を開け、玄関に歩を進めた。
「ただいま」
「遅い!何してた?」
そう言われて、その左手にぶら下げたトートバックを持ち上げて見せた。
「夕食の食材に迷っちゃって」
「だったら早く作れよ。お腹すいた」
この人にはどんな言い訳も、どんな正当な理由も通用しない。
どうしてまた、こんな人と結婚してしまったのだろう。
分かっていても、自分に問いかけてしまう。
それは毎日の事だった。
顔を見ると、どうしても萎縮してしまう。
そんな私に蹴りを入れながら
「早くしろよ、ほら」
慌てて入ろうとして、左の靴が脱げないまま中に入ってしまった。
無意識に両手が顔と頭を庇ってしまう。
そんな私のわき腹に、再び右足の蹴りが入る。
「何やってんだよ、お前は」
以前は頭、もしくは頬に平手打ちが来ていた。
その癖が抜けないせいで、まともにお腹に喰らってしまった。
顔にあざが残っていたせいで、お隣の奥さんにDVを疑われてから、こちらへの攻撃はもっぱら蹴りに変わっていたというのに。
手にしていたトートバックを床に落とし、膝をついて苦しんでる私を見下ろし
「何やってる、ビールの気が抜けるだろ」
今更言うまでもなく、この人は私の事は何も心配なんてしてくれない。
ぐちゃぐちゃになった豆腐。
中身の全部出てしまった卵。
割れてしまったせんべい。
その全てを私のせいにして、繰り返される暴力。
別れればいいのは分かっている。
でも、この心に深く刻まれた恐怖からは逃れることが出来なかった。
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