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翌日、ハルは仕事だと言って出かけて行った。まだ調子が良くないようだからと言っても、生きていくために働かなきゃどうしようもないじゃないかと。
どこか彼らしくない、そんな気がした。
「あ……」
ドアの鍵が、開いている。
いつもハルは自分が出かけるときには必ず鍵を忘れなかった。例え鍵が開いていたとしても、いままでの俺は出かける気分になんてなれなかったから。
ドキドキする、一人で出る世界は一体どんな色をしているのだろう。
玄関に置いてある靴を履いて、スケッチブックと鉛筆それだけ持って俺はこの部屋から飛び出した。
◇
春の空気を思いっきり吸い込んで、あたりを見渡すと何か思いだせそうな気がする。忘れてしまった風景も本当はきっと懐かしいものなのだろう。
地理も何もわからないまま足が進むままに歩いて行く。
散歩をする母親にベビーカーの赤ん坊、大きな荷物を抱えて、人を追い越しながら駆けて行く制服姿は遅刻寸前なのだろうか。
俺の忘れてしまった日常がそこにあった。
「ああ……」
目の奥がじわりとしみる、俺はいまなぜこんなに寂しいのだろう?
そのまま道なりに歩いて行くと、大きな墓地についた。緑に囲まれて、静かな場所。永遠の眠りにつくにはきっと良いところだろう。
その墓地の端、小さな墓を見る。
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