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「偏差値61.2…」
手に持つ一枚のカラープリントされたA3サイズの紙を見ながら、そう呟く。
季節は晩夏。外から遠く、息も絶え絶えな蝉の声が聞こえる。
リビングの椅子に座ったまま、大きく伸びをして腰を後ろに逸らす。窓の外に、青く広がる空が逆さに見える。雲が左から右へゆっくり流れていく。それはまるで、私の不安を物ともしない、とでもいうような動きだった。
「まぁ、大丈夫、かなぁ」
そういうと木内は組んでいた手を解き、立ち上がった。
「ただいまー」
昼下がり、母が帰宅する。買い物袋を取りに、木内は玄関へ向かった。
「おかえりなさい」
「どうだった、何かあった」
「ううん。あ、模試の結果がきてた」
ううん、ではないのだ。母が帰ってくるまで、ずっとそのことを話そうと思っていたのだから、これはわざととぼけている。
「あらそう、どうだった」
「んー、普通」
「普通って何よ」
母がくすっと笑う。
「頑張れば、川井も行けると思う」
「あら、ほんと」
「うーん…とりあえずこっち来て」
木内は母を先導して、リビングへ入った。
「はいこれ」
「うん。えーっと」
「……」
つい母の反応に緊張してしまい、身体が固くなる。
「偏差値61かぁ。前は確か59じゃなかったっけ」
「うん」
「すごいじゃない。成長してる」
「ふふ」
褒められて、少し口の端が緩む。
「えーっと、」
母の紙をなぞる指が、ある一点でぴたりと止まる。
「有紀、『あなたは受験期までにきっと何点取れるようになりますよ~』って所、読んだ限りじゃ、川井高校足りてないんじゃない?」
「うっ」
それだった。私が指摘されたくない点――緊張をしていた理由はそこだったのだ。
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