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 夜は黒い、と初めて実感したのは、小学六年生の夏、二泊三日の臨海学校という名目で訪れた、ここではないけれどやはり海辺の町でのことだった。  だが、間の悪いことに、その日はちょうど、気の早い台風が本州に接近しつつあり、そんな影響もあってか、予定されていたレクリエーションは荒天のため、軒並み中止になってしまった。  窓を叩き付けるほどの激しい風雨に降り込められ、身動きの取れない生徒たちをさすがに気の毒に思ったのだろう。夕食後、地元の有識者という初老の男性が、職員に伴われて施設にやってきた。何でも、これからためになる面白い話をしてくれるという教師の説明に、穂高たち生徒陣はがぜん盛り上がった。 「だってふつう、その流れでいったらもう怪談しかないと思うだろ?」  話しているうちに、当時の期待が生々しくよみがえってきて、穂高は知らず拳を握って力説してしまう。が、対する反応は、温度の低い、ひどくそっけないものだった。 「悪いけど、その流れってのからしてすでに理解できない」 「え、何でだよ。嵐の夜にする話って言えば、昔から怖いはなしって相場が決まってるだろ」 「その相場ってのもよく分からねえし」   ため息混じりにつぶやかれて、目の前を歩く背中に蹴りを入れてやりたくなるのをすんでのところで堪える。会話が途切れると、代わりに、寄せては返す波音の轟きが鼓膜をやわらかくふるわせた。  昼間は晴れていたのに、新月なのか、はたまた雲が流れてきているのか、見上げた夜空には月も星も見当たらない。
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