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「もしかして、・・男女関係、とか?」
時間があれば質問ごっこに興じてもよかったが、溜まっていた疲れが急に出てすぐにでも家のベッドに倒れ込みたくなり、彩香は賢太に向き直って一気に喋った。
「昔あの蘭子に彼氏を取られたの。彼女はそう思っていないかもしれないけれど、私はそう思っている。ピリオド」
彩香はカウンターに向き直り、グラスに残っていたビールを空けた。忘れたかった学生時代の記憶が蘇ってくる。
当時付き合い始めた同級生の俊介を、ゼミ合宿の後蘭子に寝取られたのだ。
自分達が付き合っていることを蘭子が知らなかったはずはない、と彩香は今でも唇を噛み締める。それなのに、よりにもよって彼女は彩香の彼氏にちょっかいを出したのだ。
俊介に、実は蘭子と寝た、彼女が好きだ、と告白されて頭が真っ白になり、その晩は一睡もできなかったものだ。翌日蘭子にゼミ教室で鉢合わせ、勇気を振り絞って詰問してみたところ、知らなかったわ、と肩を竦められただけだった。
不意に頭が朦朧として意識が霞み、貧血を起こした。
「彩香さん、大丈夫ですか・・」
呼びかけているらしい賢太の声が、どこか遠くからおぼろげに聴こえる。 薄れゆく意識の中で、フラれたことを蘭子のせいにしても仕方ない、と理詰めで自分を納得させようとあがいてみたが、恨んでいないと言えば、ウソになる。
初恋の相手を奪われた、という苦い想いが、こうして十数年を経た今でも胸の奥にくすぶっていることを、否めない・・。
気づくと、どうやら賢太の膝を枕に倒れ込んでいたようだった。
彩香はあわてて上半身を起こし、心配そうにのぞき込んでいる賢太と視線を合わせた。
「ごめんなさい。醜態を見せちゃって。さ、お勘定をもらって、ここを出ましょう」
今夜は自分が支払うと言ってくれた賢太に勘定を任せ、彩香はマスターとおばさんへの挨拶もそこそこに先に店を出た。
晩秋の冷たい風に頬をなぶられ、やっと酔いが少し醒めてくれたように思う。本当は恥ずかしさのあまりすぐにでも逃げ帰りたいところだったが、それでは賢太に申し訳なく、彩香は暗い夜空を眺めながら彼が出て来るのを待った。
賢太は駅までの道を並んで歩いてくれた。沈黙しているが、見守ってくれているような無言の優しさを感じる。彩香は感謝の念を込めて、もう一度謝った。
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