17人が本棚に入れています
本棚に追加
先々月の取材依頼、二十歳そこそこの学生にでも見えるこの若手カメラマンと組むことが多くなった。本人によると二十五歳だそうで、プロの写真家を目指してはいるが、生活のために週刊誌の取材カメラマンの仕事も引き受けているそうだ。
「それにしても、超豪華マンションですよね。俺は一生こんな家に住めないだろうな」
賢太がコーヒーを飲みながら呟き、彩香も合槌を打った。
「たぶん、私も」
明かりが灯されていない窓を見上げながら、胸の内で言い直す。
いや、こういう高級マンションに住めるかもしれない、と淡い夢を見たこともあった。
マンションの高層階の一室で、シャンパングラスを手に、美しい神戸の夜景を眺めた日々をふと思い起こす。腰に回されていた男の力強い腕。シャンパンの味がする甘いキス。すべてが手に入るような美味な予感に酔いしれ、理性が麻痺してしまったのだった。
「あ、彩香さん、来ました! あの車ですよ!」
賢太の低い声を合図にカメラのシャッター音が続いた。マークしていた黒いジャガーが姿を見せ、マンションの車寄せから地下駐車場へ吸い込まれて行く。
執拗なシャッター音。彩香もあわてて双眼鏡を手に車中の人影に眼を凝らした。
間違いない。国会議員の武田蘭子と人権弁護士の藤堂雄一だ。
「うん、うまく撮影できました」
写真の出来をチェックしていた賢太が、超アップにされた二人の姿をデジカメのスクリーンで見せてくれた。彩香は思わず親指を立ててうなずいた。
「でかした! っていうところね」
『国民党衆議院議員 武田蘭子の破廉恥お泊り不倫!』
彩香は頭の中で記事のタイトルを練る。いや、もっとインパクトがあった方がいい。
『子育て議員は夜を徹して不倫子作り?!』
下劣なタイトルを思いついた自分をさすがに恥じて、彩香は溜息を吐いた。
いくらスキャンダル記事とはいえ、読者の無用な反感を買うゲスなタイトルは避けなければいけない。
「今夜はここでキャンプですかねえ」
賢太の諦めを滲ませた呟きに、彩香は振り向いて笑顔を見せた。
「あなたはもう帰っていいわ。私は後で応援を頼むから」
そう言ってはみたものの、夜を徹しての見張りを交代してくれる同僚の顔は思いつかない。
最初のコメントを投稿しよう!